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| 黒川紀章 |
メンブレイン・デザイン・コンペ2001は応募者数は減ったものの、外国からの反応は大きく、嬉しい結果となった。
今回のテーマは、災害、難民、地球、環境というきわめてタイムリーなものであった。そのためか、メンブレインの応用もきわめて具体的なものが多く、今すぐ実用化できそうなものもあった。
前回と異なり、今回は公開審査であるばかりか、審査中に応募者が反論する機会が与えられるということもあって、審査員としても緊張感溢れる審査ができた。
審査は、?テーマに対する提案の内容 ?技術的な実現性 ?デザインの水準 ?ディジタルプレゼンテーション を審査のクライテリアとして設定して審査・評価を行った。1等から佳作までの7点は、その内容、表現力いずれにおいてもそれほど大きな差は認められず、審査員の評価は分かれることもあった。
1等案と2等案はきわめて異なるアプローチであった。1等(Redele、Iris案)は、テーマとなる対象を限定せず、ある意味ではコンセプチュアルな案ともいえる。エアマットの中の空気を抜いたときに全体の構造の剛性が得られるというメンブレインの技術的可能性が新鮮な印象であった。また、3次元に展開できる新しい空間構成とデザイン高く評価できるものであった。欲をいえばテーマに応じた具体的な展開がもうひとつ弱かったのが惜しまれる。
2等(Sarrablo他案)は、メンブレインそのものをパラシュートとして利用し、飛行機から落下させるという現実的応用が優れていた。また地上に落下した状態そのままでシェルターとして使える点がこの案のミソである。視認性を高めるための縞文様に塗り分けられたメンブレインは、そのデザイン性にも優れていた。
私も最近「豊田スタジアム」でメンブレインを使った可動屋根を完成させたが、メンブレインの応用範囲はこれからもますます拡がるだろう。その意味でもこのコンペの役割は今後も大きいものと思う。
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| 青木淳 |
デザインという言葉は、「きれいな」ものをつくる、ということを意味しているのではないと思っています。それは、ある問題に対して、かたちとして現れる具体的な方策を与えること、だと思います。だから、このコンペは「地球を救う」という問題に対して、メンブレイン(=膜面)を使って、かたちとして現れる、デジタル上での思考が可能になった現在にふさわしいどのような具体的方策があり得るのか、を問うているのでした。
ですから、佳作(Tanner、Alex案)の提案は、まさにそれに正確に答えたもので、その内容もとても面白いものでした。1等(Redele、Iris案)さんの提案は、「地球を救う」という問題とやや離れていると思われましたが、膜という、小さな要素単位が集まり、その集まり方の結果としてかたちを出現させる形式の、大変興味深いスタディになっていました。そして、この提案は、実際には試されていなかったとはいえ、コンピュータを使ったシミュレーションが有効であるかたちのひとつのモデルであるゆえに、「デジタル」という条件にも適切だったろうと思いました。
多くの人は、デジタルというものをプレゼンテーションの道具として理解しているようで、それにはぼくは今年もがっかりしました。デジタルというものがプレゼンテーションの道具なり得ることは当然です。ですが、もっと面白いのは、デジタルというものが、具体的な方策をつくっていくときに、どのようにかかわるのか、またそのかかわりによって、どのような新しい(広い意味での)デザインが可能なのか、ということだと思います。
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| 大江匡 |
今年から提出形式のデジタル化のレベルをHTML化にまで上げた。それによって応募者が減ったということで主催者からは悲観的な意見が聞かれたが、実際には提案内容のレベルは格段に上がっていて大成功だっといえる。
これまでのように1枚のドローイングだけで表現をするコンペでは、応募が多数あったとしても半数以上が見るに耐えられないものであったが、今回はそういったものがなくなっていたのが印象的であった。こうしたデジタル化の程度と内容における高度化の程度の一致は、大学の建築教育においてもいえる。かつてはデザインのできる学生はコンピュータが使えない、コンピュータが使える学生はデザインができないという矛盾があった。しかし、この矛盾はここ数年で完全になくなったといえる。にもかかわらずこうした学生の可能性を否定しているのは、日本の大学教育自身である。現在ではデジタル化することの意味や内容に関して、大学の教官のほうが学生の意識よりも遅れている。大学の教官は反省すべきであるし、このコンペにおける1次の結果を見ればわかるように、日本での教育のリセッションが明らかになっている事実を凝視する必要がある(日本の教育を受けた学生はほとんど2次に進むことができなかった)。
ところで、今回のコンペの2次審査での私のクライテリアは、空間をどのように扱っているかどうかという1点に重心を置いた。1等(Redele、Iris)案は、他の案とは違ったユニークなアプローチで空間を実現している。ほかの入賞案は、どちらかというとパラシュートでシェルターを落下する、あるいは表面緑化をしたシェルターを設定することなど初期設定としては想起されやすいものであったことが、最優秀案との差異となっているのではないか。デジタル化は、その中でクローズされているのではなく、アナログな空間をつながってこそ意味があるものとなっていく。
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| 小嶋一浩 |
今年の課題はシリアスだった。そのシリアスな課題に空間の提案としてどう構えるのかが問われていた。1次審査ではかなりの案が「この機会に正論を勉強した」というレポートにとどまっていた。「地球環境」を総論としてとらえたために陥る罠にはまってしまっている。最終プレゼンテーションに望んだ提案は、その罠を正面から突破したタイプと、よりピンスポットにターゲットを絞り込んだものに分かれた。前者は具体的な問題に対してリアルな回答の全体像を示そうとし、後者は方法を提示してきた。1等(Redele、Iris案)は後者のチャンピオンでもあり、2・3等案は前者の道を選んでいる。
1等案は、方法は示しても全体像は完全には示さない。方法もまったくオリジナルというわけではないが、その方法のもつ可能性には徹底してこだわっている。それは、デジタルプレゼンテーションを求めるこの審査のステージに模型や掃除機までもち込んでライブに魅力的な提示を行なったことでもよくわかる。提案するために実験を繰り返しているのが伝わってくる。2等(Sarrablo他案)はシリアスな状況を具体的に設定しそれを建築家ならではのアイデアを加えながら解決しようとしている。プレゼンテーションはヴィジュアル・ライブとも魅力があったが、1番のキーである「パラシュートが開きながら降りてきたらシェルターのふくらみが確保されている」ということと、提案する「かたち」との関係が少しだけ弱かった。3等(Nara、Uryu案)は、提案するシェルターの「小ささ」を丁寧に示さなかったことが惜しまれる。もう一工夫小さなシェルターでしかできないアイデアを加えてほしかった。
今回は、メンブレインを用いたいくつもの魅力的な提案は「避難用」「緊急用」に限定しないでも素晴らしい「建築」の可能性を示しているように思われた。上位作品のレベルは相当に高いといっていい。
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| 播繁 |
今回のテーマは、「地球環境を救うメンブレン」であった。予想していた通り、応募者のほとんどが、災害対策、地球環境の保護、改善をテーマに選定していた。したがって、メンブレンを仮設的イメージとしてとらえた作品が多く見られた。極端には、メンブレンがその役割を終えた後、消滅してしまうという、コンセプトの提案が3作品入賞している。公開審査で推した「NICHE」(清水、加藤案)もそのひとつで、砂漠の緑化のプロセスを「MY NICHE」をもつことでインターネット上で見ることができるという視点を評価したが、メンブレンのデザインというコンペの主旨としてはどうか、という議論になり、佳作に終わった。
3等(Nara、Uryu案)となった難民用シェルターは、生分解性メンブレンと植物を組み合わせて、シェルターの役目を終えると消滅し、緑が残るというストーリーであるが、メンブレンの精成のアイデアと膜構造らしいデザインが優れていたと思う。2等(Sarrablo他案)となったパラシュート・シェルターは被災地へのもっとも早くアクセスできるソリューションとしてパラシュートを考え、それを避難シェルターに転用するという、いかにも単刀直入のコンセプトがわかり易く、次々と降下するさまざまな形態のカラフルなデザインが1次選考でも話題になった作品である。
1等(Redele、Iris案)となった「TRANS it」は、メンブレンとして独創性のある構造システムを提示した作品である。二重膜に挿入した物資を膜内の空気を抽出することで結合させ、可変剛性の膜要素をつくり出すという空気膜と逆の着想を評価した。そしてデザインコンセプトに示されているようにこの要素を測地学の原理に基づいた柔軟なサポート・ストラクチャーを用いて空間を創出させるという展開を目指している。断熱性のあるシワのよった膜が興味深い。そして、デジタルなプレゼンテーションの場にアナログモデルをもち込んだプレゼンテーションもユニークであった。
さて、第1次審査の前にニューヨークのW.T.C.がテロによって崩壊した。もし、このコンペの締切前に事件が起きていたら……、テロ対応策としてのメインブレンが提案されていたかもしれない。
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