空港とメンブレインという出題テーマを聴くと、とかくそれへの発想は常識的に施 設と素材が直結されてしまいそうである。当然出題側では直結された発想を思いつつ、それから自由な反応を大きく期待する。その意味で1等の増渕案は出題側のふたつの期 待を柔らかく、フレッシュな感覚で応えてくれた。固い施設ではなく、飛行機の発着、特に着陸するときのジェット風圧の走りと、自然の風をとらえる発光膜のドミノ倒しの ようなダイナミックで柔らかいスピードのあるゆらぎに空港風景をつくろうとする。あるいは着陸の誘導機能をももたせようとする。爽やかな作品である。
それに対し2等の田村案は膜の透過性のある相互の明快な建築を示している。単純な解 は今日のメンブレインの技術でつくることもできるけれんみのないよい作品といえよう。3等の鄭案はメンブレインの技術の将来を期待しての美しい作品といえよう。膜材の光に対するモアレが、外の風圧や音圧や、引張の変化等が色光のゆらぎをつくり出す。
飛び立つ天空を思わせる大天井となり、夜間にはシャボン膜のように色の変化を見せる 大ランターンとなる。
佳作の宮下+中村案は、建築的発想の中にユーモアもあるんだよと言っているようだ。このようなコンペでは審査員としては、むしろ作品群に若さをもらっているようでうれしさを感じる。
空港とは、都市に存在しながらも都市に所属しない大いなる空虚(void)である。出入国ゲートの内にいる者は、どの国にもどの都市にも属しておらず、いわば宙吊りにされている。それだからこそ一層、空港にはその国や都市への出入りを示すアイデンティティが求められることになる。空港は現代における「場所」の喪失と復権の交点にあり、それがメンブレインによってどのように表現されるのかが、私の関心事であった。
応募案はいくつかのアイデアに大別されるが、私の関心からすると、メンブレインで囲まれた「チューブ」によって、空港が「どこでもない場所(nowhere)」=「どこでもある場所(anywhere)」であることを表現しようとした2等の田村案や佳作の渡部案が興味深かった。ふたつ目のアイデアは、飛行機の運動の可視化をねらったものである。1等の増渕案は、飛行機の滑走路によっておこる風をメンブレインが受けて発光するという提案で、フラットなランドスケープに光の魂が移動していく壮大なイメージは秀逸であり、また3等の鄭案や佳作のStoberl+他2名案は、メンブレインを一種のレンズと見立てて、飛行機の離発着をスペクタクル化するものである。三つ目のアイデアは、佳作の宮下+中村案、Hwang案、Mot案に見られるように、メンブレインの可塑性を利用して「網」や「繭」を形作るもので、それは佳作のSabatini案のような有機体の増殖イメージに連なるだろう。総じてメンブレインの「効果」をプレゼンテーションに短絡する例が多く、それを乗り越える努力が必要であることを痛感した。
「ろいろなところに膜構造が使われていると思うが、いざそれに対する提案となった場 合、構造そのものの提案は難しいのであろう。
であるからか今回は,膜の素材そのものの提案なりイメージの提案が多かったように思 う。1等の増渕案は空港の巨大なフィールドと機能を利用してランドスケープをつくり上げるという非常にスマートな案であった。そういう意味では2等の田村案も、あるリ アリティがおさえられていて、本当に実現されれば、非常に抽象的な美しいスペースをつくり上げるであろうと思う。同じように空港という課題にうまく答えながら、逆に実 現は難しいだろうStoberl+他2名案に興味をもった。低い空中を走る飛行機を下から見上げるのは、エキサイティングなことだ。天井面に、拡大鏡で離着陸する機体が映し 出されるのは、面白いアイデアであると思う。スクリーンとレンズの関係によって拡大される部分が変われるのもよいと思う。
もうひとつ、飛行機をつかまえるという宮下+ 中村案もユーモアがあってなかなか美しい案であると思った。この案ではふれられなかったが、緊急時のための提案がいくつかあった。そのようなことからもアプローチでき たかもしれないと思う。そんな中で、Hwang案はまず飛行機が仮設の材料を運び、それで空港がつくられる、それに軽い膜を使用するというのは、きれいな案である。きちん と考えてみるとよいのだろうと思った。
合成樹脂の膜は新しい素材だが、膜を使ったシェルターは古来より存在していた。膜構造を考えるとき、不思議な気分になるのは、先端的な未来を想起させるような形であると同時に、その中にどこかノスタルジックな要素が必然的に混ざるからだろう。果たして膜に未来はあるのだろうか・・・。それが審査にあたって気になっていた点だ。それが画一的で型にはまったものからなかなか出ることが出来ないのであれば、膜構造はすでに行き詰まっているに違いない。技術的には完成されてはいても、想像力を喚起する素材としての使命を終えているからだ。審査してみて思ったことは、膜はまだまだ可能性がある素材だ・・・という気がした。応募案は多様で、想像力に富み、それぞれ豊かな可能性を示してくれていたように思う。大きく分けて、膜自体の素材的な可能性を強調したものと、膜のもつノスタルジックな側面を前面に押し出したもの、この二つの傾向があったように思う。結果として上位に残ったものは前者の分類に属するものが多かった。現代という時代も、現代の建築も、大いなる行き詰まりを見せている。新しい可能性のほうに光を当てたくもなる。上位3者の案はどれも素晴しいものだったように思う。既存の膜の概念にとらわれず、作者当人が欲しい膜の在り方を提示している。それも未来において可能になるかのごとき在り方だ。プレゼンテーションもうまい。入選作は、千差万別、膜の様々な側面、多様性を示している。この中に膜という素材に対しての潜在的なニーズの在り方をみて取るべきだろう。
膜が、鉄やコンクリート、他の素材に肩を並べていくためには、より一層の技術開発が必要だろう。そのためのニーズとシーズがコンペ案の中に多数あったのではないかと思う。
時代は確かに変わりつつあると思う。膜構造でいかに大空間をつくるかを目指していた 時代から、今日では膜構造が人間に近い位置に引き寄せられてきたことを、今回のコンペでも強く感じ取ることができた。もともと膜材はきわめて人工的な産物だけど、風、 空気の流れ、光、可撓性など自然との対応に優れた側面をもつことに着眼すれば、今日のこの傾向は当然だともいえる。ぼくは毎年このコンペで新しい発想の膜構造の提案を期待しているのだが、それは賞金の額からいっても無理なことなのだろう。そのかわり、人と建築と膜との関係を考える上では、沢山の提案があって面白い。
膜は実に多様に利用できる。しかし、構造的には原理的にいって、骨組膜、テンション 膜、空気膜、の3種類におおざっぱに分類できるだろう。その中で空気膜は現在では大空間を指向することをやめたから衰退しつつある構造法なのだが、佳作に入った航空機 からフィンガーにわたるブリッジを提案しているMot案が秀作だと思った。確かにエアービームの原理を使えば、この案のように機能的でかつ幻想的ブリッジは可能だし、現 在の膜構造の性質をうまく利用していると思う。実現性も高い。世界中で航空機の利用が日常化されている状況の中で、いろいろと不愉快な問題があるが、このブリッジもそ のひとつでこの佳作案はそれを見事に解決してくれた、と個人的にも拍手を送りたい。
アイデアコンペにとまらず、実現するとさらに面白い。