昨年のテーマ「空港のメンブレイン」に対して,今年のテーマはかなり柔らかい出題であった. 321点の提は予想を大きく超えたものであった.テーマが取り組みやすかったのか,時勢がそうさせたのか,
と興味の声が多かった.テーマが柔らかいために,提案の内容の幅が大きく審査員を苦しめるものと覚悟していたが, 予想に反して多様性の幅はそれほど大きくなかった.流動の激しい世の状況の中にも,
一種の安らぎを期待する若い人たちの気風があるのだろうか.
2等の隅谷・松崎案「another island」は, ゴミ埋立て島という現代社会の暗いものを提案の場所として, そこで発生するメタンガスのエネルギーを膜による空中に大きく浮遊する光の島に翻訳して,
社会派の声を発している.3等のYoo案「Air-Fishnet Plaza」は,楽しい水辺での遊び心を, 水中と水面が互いに浸透する立体膜面で提案している.
最近,CGによるテクニックがかなり高くなり,それによるみごとなプレゼンテーショ ンが特徴的なのは当然といえよう.しかし,もうひとつ気になることは,細かく記入
された文章での説明によるものが多いということ.文章に主力を抱かせるのでなく, 明確に意図を伝えるイラストに主役の場を与えてもらいたい.
本年度は応募作品数が多かったにもかかわらず,飛び抜けて優れた作品がなかったように思われる. 応募作品はいくつかのタイプに分類されよう.まず,風力,波力,潮の干満,利用する人間の荷重などに伴う
メンブレインの変形と可動をとり扱った案がもっとも多く,とくにメンブレインを一種のポンツーンとして 水上に浮かせる案が目立った.また,メンブレインの光の透過性や反射性,メンブレインを通過する風による音の発生を利用した案,
水泡,クラゲ,蓮などのかたちを借用した案もあった.
2等の隅谷・松崎案は,ゴミ埋立地をメンブレインで包み込むというクリストもどきである. 発生するヘリウムガスを利用した光の束で縛りつけるイメージが新しく,また,通常ネガティブな評価しか受けていない
ランドスケープをポジティブなジャイアントオブジェに変化させた点が優れていた.3等のYoo案は, 空気入りチューブを織り合わせた布のごとき面を海上に浮かせるという案で,類似案が多い中,もっとも説得力があった.
総じて「水辺のメンブレイン」というテーマに誘われて,楽しげな「効果」を巧みなCGで表現した案が多かったのが 惜しまれる.
「水辺のメンブレイン」というテーマがイメージしやすかったのだろうと思うが,今回は応募数がとても増えた. ただ逆に,全体を見渡すと,そういったイメージの再現にエネルギーが注がれてしまったような印象も受けた.
たとえば,非常に飛躍した材料やイメージの提案などがあり,それだけだとやはりリアリティの問題がどうしても クローズアップされてしまう.そこにもう少しの具体性,あるいはアイデアが付加されていればと思わせる案が多数あった.
そんな中で,傘が特殊な膜でつくられていて, 都市の空気汚染により色を変えるという佳作の渋谷案は,たいへん美しい案だった.もし,傘の骨組についての提案などが
同時に出されていれば,もっと説得力のある案になったと思う.きれいな水の中に膜を設置することによって, 波の位置をコントロールするという佳作のHenriza+他3名案にも興味を引かれた.この案には示されていなかったが,
さらに効果的な映像を水面につくることができたのではないかと思う.
テーマ設定がよかったのか,多くの作品が寄せられたのには驚いた.CADによる図面表現の進化の速度はかなりのもので, 案の内容はともかく,そのままポスターにでもなるのではないか,といったような,グラフィックとしてすぐれたものも多数あった.
全体の作品傾向は,一言でいうと「軟体動物系」が多かったということになると思う.水と膜(メンブレイン)というと, 体液と皮膚という連想が働く.結果,そうした傾向のものが増えたのであろう.そうした中で入選案は,
どれも異なった視点を加えたり,まったく違った角度からテーマに対してアイデアを提出しえたものばかりであった.
個人的には,メンブレインのもつ仮設性や軽量であることを利用したタイムリーな案, すなわち世界中で起きている地域紛争や緊急災害に対応するような鮮やかな案がなかったことが残念である.
今,建築に求められているのは,社会で起きていること,世界中の関心が注がれ問題になっていることを, タイムリーにいかにとり上げ,ひとびとの意識を建築という営為に結びつけられるかにあるのではないかと思うからだ.
水辺とメンブレインというテーマが,どちらも一見詩的に見えるだけに,それを突き抜けて鮮烈なビジョンを 浮かび上がらせるような案があればよかったのにな・・・・,というのが審査後の印象である.
自然界のさまざまな造形,たとえば動植物や昆虫,魚介類のそれらがもつ形態は,不可思議なものではなく, 力学的,機能的必然性をもつものである.それは生態学的に「進化」の過程と遺伝学によって説明されてきた.
「メンブレイン」構造にはそういった生物的な側面が感じられ,形態的な自由度はきわめて高い素材である. 「水辺」から連想される波や風,浮遊する変化などだけでなく,力学的な表面張力や浮力など水生植物が永い時間かけてきた
進化の結果を利用することができそうである.
今回の応募案はこの特徴をとらえた作品が多く提案されており,審査員としてもたいへん勉強になった. メンブレインを単に張力場としてとらえるだけでなく,自然の造形原理と関連させる利用・展開があることをよく表現している.
今までは,構造を支配する力学や物理学は,生物学とは裏腹の関係にあると考えられがちであるが, 現在では生物物理学と名付けられているように両者の境界はすでに存在しない.
生物のもつ不可思議な形態も物理学的に説明できる時代である.メンブレインの素材的特徴のひとつは, この両者の領域を兼ね備えたものであるということがいえる.