審査講評
膜コンペは初めての企画で、応募された学生はさぞかしとまどいがあったことと思われる。しかし特殊なこのテーマに対し、329のエントリーがあり、87作品という多数の応募があったことは、この種のものとして大成功といってよいだろう。さすがに応募作品の質は予想をこえて高く、密度ある多様性を持っていて、審査員の方々と一緒に、それぞれの評価について自由な意見交換を行うことができ、建築家と構造家のこうした濃密な接触の機会は少ないので、その点でも有益であった。私は審査の課程で、機能と膜の相関、構造と造型の一致、アイデアの独自性と実現の可能性などを一応の基準として各案を見ていった。
最優秀の中田案については、機能上の可変性と美しい芸術的なフォルムがターナの彫刻との類似性をもっており、興味深く感じたし、可変ロボットについて照明や音響を組み込んで、なかなか力作だった。優秀案である小野里案の構成は、配置上、設備装置と膜との相互関係に、膜利用のあり方を示唆するものがあり、夜景を入れていたのは膜の特徴をよくつかんだ案であった。佳作5点については、類似案の各カテゴリーからそれぞれ1点が選ばれたが、膜の特徴を生物的形で追求したアクアテック・スペースとか、海底公園の気圧差による利用形態との対応が目についた。特に動的膜構造という案(中島案)は、ルネッサンス的な剛と柔の構造の対比的面白さがあったように思う。この他ランニング・フェンスを思わせる瀑布の作品や対照的に籠に膜をかぶせた案などいろいろな案が提出されて選択に困るほどだった。
審査の全体について感想をいわせてもらえば、選考を終わって、改めて膜が建築・都市・環境に急速に浸透してきた今日の状況を考えあわせると、その対応にはまだまだ不十分なものがあり、膜に対して自由なビジョンを描くところまで到っていないが、こうした膜時代の夜明けを先導するのは、まさに学生であるという認識に立っていえば、大いに期待できる兆しが今回のコンペにはあったように思うし、エネルギーに溢れていたことをたいへん心強く思った。ぜひわが国から新しい膜空間の展開が進み、ユニークな創造が見られることを念願してやまない。
安藤忠雄
コンペの審査というのは、どのようなものが出てくるのかという楽しみと同時に、審査する側の力量も問われるので緊張してしまう。最近の作品を見ていると、形態の美しいものばかりが目立つ。特に膜構造においては、軽快で自由なフォルムが可能であるため、それは顕著である。しかしながら、膜という表現形式をどこまで突き進めたかという解と創造性は無いように思える。ここでも、ソリットでもフレームでもない、膜本来の特質を捉えている作品は少なかった。フォルムの美しさにとらわれ、恣意的なデザインのみが先行しているように思われる。こういうコンペでは、未来への可能性を持つものを選ぶか、現実性を持つものを選ぶかという選択が常に問われる。今回は、可能性を持つものにしぼってみた。
全ての作品を通してみて、表現は稚拙だがアイデアが抜群なもの、またその逆のもの等、いろいろあり、楽しく審査できたと思う。松尾案は、構造的に無理な点が多いが、発想がユニークである。また高圧チューブと低圧チューブを使ってつくり出すフォルムが詩的であって、捨てがたい案であった。中田案は、素材などの研究がなされており、単純な形態でありながら目のつけどころが面白く、他の案に比べて完成度の高いものであった。
石井一夫
今回の競技設計は、特に具体的な境界条件が与えられず、膜構造の持つ魅力、構造に対する可能性、膜構造に対する新しい考えの提案となっている。このため、膜構造でなければできないものが必要であったし、また単に大スパン、大空間の架構を示したものではなく、小規模のものでも、新しい着想が要求された。すぐにでも実現可能な案、それが膜構造形態として従来と同じ範疇にはいるものには、審査員の目はいかない。案の中には、構造的に実現不可能と思われるものがあったが、構造的に何らかの改善があれば建設可能のものと考えた。
ここに表彰される提案、これは必ずしも、十分に膜構造を知って設計されているとは思われないが、何か魅力あるものが拾われている。これまでの幾何学的な膜形態に対し、生物、有機体のような造形を持ち込んだ松尾案、しかし、構造的な表現性がない。膜曲面の丹念な構成とその可動による開閉屋根の小野里案は、重なり合う花びらのように、開き、閉じる。建築的な空間構成より、単に造形的な構成としてしまった。最優秀案である中田案は膜面の屋根が動き得るという魅力あるものであった。膜材料特性、建築的次元での空間の規模を考えると無理があるが、単に小空間の構成として考えれば、あるいは新しい空間の創造につながるかもしれない魅力をもつ。
これらはいずれも膜のイメージの提案であり、建築的、構造的なものは、おおむね低調であったと思うが、これらのすぐれたイメージが今後の膜構造建築にどのように反映されていくかが楽しみである。
<ビッグエッグ>を初めとして、このところの博覧会ブーム、あるいは大都市内の遊休地を利用した仮設建築の流行などを通じて、膜構造は次第にわれわれの日常生活にも浸透し、また親しみ易いものとなりつつある。今回のコンペティションの主旨はこのようにテンポラリーな建築の持つ現代的な意味・軽快さ・気楽さ・フレキシビリティ・経済性などを膜構造のテクノロジーを用いていかに巧みに表現し得るかにあった。しかし応募された案を見ると、膜構造の技術的な面白さを表現することに偏るか、さもなくば技術に目を向けず、膜あるいは布のつくりだす空間の意味的特性に集中するかの二者択一に分岐してしまったように思われる。実務経験のほとんどない学生に限ったので、やむを得ないのかもしれない。
最終選考に残った案のうち佳作以上はどちらかといえば膜のテクノロジーに着目したものが多く、膜空間の意味に偏ったものは巧みな空間を描いていても努力賞止まりに終わったといえよう。最優秀作の中田案は極めて単純な提案の中に、布の不定形をつくり出すシステムを巧みに内蔵し、かつそれを巨大な照明器具のように光りで浮び上がらせるという洗練されたアイデアで、秀一であった。これに対し優秀作の小野里案は素朴に自然の中でテントで暮らすことののどかさ、気楽さが楽しく表現されている。しかし空間の仮設性という視点から見れば、努力賞の秋山案や篠田案は巧みな表現力に支えられており、今一歩技術的なアプローチが伴えばと惜しまれる。
川口衞
募集期間に夏休みが含まれていたせいか、なかなかの力作が多く、選考にはかなり苦労をした。したがって、選に洩れた作品の中にも捨て難い魅力を持っているものがあり、今後を期して激励したい気持ちが強く残っている。
最優秀作品に選ばれた「テンション構造への憧景」(中田案)は、膜をフレキシブルな材料として捉え、他の材料では不可能な演出を、内・外両空間で試みようとする主張(願望)が極めて具体的な形で表現されている。作者の願望と、これを実現するための手段を、明確に提案しているという点において、この作品は他の追随を許さなかった。ただ、この作品は難点も多い。第1に構造用として使えるキャンバス(膜)は、作者が考えているほどフレキシブルではない。第2にこの案の要である演出用アームのプロポーションは漫画的であり、リアリティに欠ける。さらにアームによって突き上げられる膜の変形表現も、稚拙である。一口でいえば、この案は多くの点で「スケール音痴」なのである。それにもかかわらず、筆者自身、この案を第1位に押した理由は、作者が膜の性質を自分なりに把握してこれに憧景を覚え、その共感の上に立って、膜構造の屋根としての機能、内・外部空間の演出に役立つと思われる手法を、率直に打ち出した点を高く評価したからにほかならない。「スケール音痴」は、作者の今後の修業のプロセスで治療されていくべき問題であるが、作品に示された着眼、発想、アプローチの仕方は、大切に育てていけば、将来有意義な開発や優れた設計に結びつく可能性が大きいと考える。このような判断は、今回の企画が学生を対象としたアイデア・コンペであることを考慮して行ったもので、他の入選作についても同様の考え方で選考した。学生諸君も、このような観点から入選作品を眺め、得るべきところを汲み取ってもらいたい。
軽量構造建築物の一翼を担う膜構造建築物の歩みを振り返ってみると、今日までその多くは形態発見や決定法、曲面解析、工法、各種ディテールそして膜材開発などの基本的分野の基礎固めから、最小材料消費による最大応力解決という合理性、機能性、軽量性、可動性、可変性などのシステム確立のための研究と実践が積み重ねられてきたといえる。1968年第1回太陽工業主催の膜コンペの実績が「EXPO'70 OSAKA」に記した貢献は記憶に新しい。今回は20年ぶりということになるが、十分な基礎的技術を持ち、詩的文化的創造表現が可能な今日、このコンペティションが新しい潮流を生み出すきっかけとなることをおおいに期待するところである。
最優秀作(中田案)は可動システムの導入による内外観の環境変化をねらった着眼点は、アイデアがのびのびしていてとても良いが、内部の膜面突き上げシステムは、膜材が薄い性格を持つゆえに少々繊細さにかける。また膜の持つ基本的性格、すなわちシワのより方などの研究考察が必要であろう。
優秀作(小野里案)は膜構造システム的な提案、アイデア的なもの、詩的な提案の傾向にあった。私にとっても印象深かったのは、“水”の表現をテーマにした作品が2種あったことであるが、両者とも構造的位置付けに乏しく、私からの強い推薦に対し、構造家の諸先生方より失笑をかってしまった次第であるが、しかし、よく詩的表現作品の時代的意味合いをご理解いただけたことを特にここに報告する。
すぐれたアイデアを現実のものとするためにも、最小限のマテリアル使用が命題の膜建築物にとって構造的不明瞭さやあいまいさは許されず、ゆえに基礎的な知識をしっかり身につけることが必須と考える。
その規模の大きさからまた、内部環境の目新しさからビッグエッグは人びとに新鮮な印象を与えているようであるが、最も特筆すべきことは博覧会場内ではなく東京のど真中建設された事実である。どうやら膜構造は市民権を得たといってよい。それはあたかも突如として隆起出現した丘陵を彷彿とさせている。“都市と自然”(文明と自然)という何か本質的かつ宿命的でありながら、今日的文明では凌駕されずにおきざりにされている“未来のテーマ”に対して、膜建築物はその自由で豊かな曲面展開が可能であるがゆえに、新たな環境形成の表現手法として重要であろう。
最後に構造家と建築家の方々が一緒になって協議を進められた数少ない審査風景がたいへん印象深かったことをここに特筆したいと思う。
松井源吾
布地というのは弾性論的にいうと、縦横のヤング率は高く、せん断弾性係数のたいへん低い材料である。すなわち、縦横に引っ張るときの変形は少なく、しかし、ゆがみに対してはたいして抵抗がない。数年前、フライオットー研究所のヘニケ氏が早稲田で膜構造の講義をされたことがある。その実習でナイロンストッキングの布地に箸を下から立てて、いろいろの形をつくってみせてくれた。中田案は、正にヘニケ氏の実習を実現するものだと感じた。テントの特性を生かし、自由に空間をつくり出せる夢のある案であると思う。
一様に引っ張られた膜に開口を設けるとき、一番合理的なのは円形であろう。その数が多くなったときはどうであろうか。松崎案は、そのひとつの解答であろう。ゴシックのポインテッドアーチに併用される十字形窓と同じであることも興味深い。
松尾案の水滴からの関連は少々無理ではないかと思うが、リブが空気膜の円筒であることは面白い。スラブと小梁と似た考えで、そのリブが空気膜なのである。
どこの大学でも、構造志望者が減っているとのことである。このコンペで構造志望の学生が増加することになれば幸である。
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