学生のための
'91メンブレイン・デザイン・コンペ

審査講評


菊竹清訓(審査委員長)

学生のコンペということで、自由な発想を期待した。経験の少ない若者だからこそ、新しいアイデアを出せるという面も確かにあって、これは当然のことといえる。歴史が進展してきたのが、その何よりの証明であろう。ところが発想は若者だけに限らない。十分経験を積んだ成熟した人が、かえって大胆な発想をする場合も決して少なくない。
問題は、年齢ではなく現実をどれだけ見つめ、そこから何を引き出してくるかであり、これを発想にどうまとめあげるかにかかっている。つまり、発想の自由と現実の拘束は、相互に深い関係があって、この関係性が甘くなると、創造の質も迫力のないものになってしまう。
コンペのテーマがアーバンビルということで、学生には相当激論があったことであろう。審査はこの点とメンブレインを巧みに利用しているかどうかが、論点となった。
私はこのコンペの最初の段階で田中健案の空中庭園案を選んだが、この案が最終的に優秀賞になってよかったと思う。最優秀賞の河本憲一案は、都市への導入で問題がありそうで、もっと別の臨海域でならなかなか効果的だと思われた。
向井千裕案は小型の膜屋根を群れとして見せる案で、プレゼンテーションもすっきりまとまっていた。吉田真案の空気浄化装置は、本当かどうかわからないが、コンセプトをかった。伊藤加奈恵案のアトリウム・オブジェは、アーバンかどうかで議論したが、ビル内のアトリウムはまさにアーバンだとする意見に賛成した。内田賢治案のニューヨークの巨大アップルは、水圧の問題はあるが、浅海であればおもしろいと思われた。藤本昌代案の緑のアーチ案には詩情があったし、新海俊一案のカプセル案は、スペースの癌細胞のようで、興味をひかれた。
このほか入選はしなかったが、時計案や壁にとりつく仮設テント案、小さな家具など多様な作品が提出されて、アイデア・コンペとはいえ、膜構造の用途の幅を拡張できることを十分予感させるものであった。今回の膜構造コンペが、案に見られる発想の自由性において、一歩前進を思わせたことは、コンペの企画が徐々に社会に浸透してきているためであろう。
受賞者が、全国各大学にまたがっていたことは、審査員団として歓迎すべきことと、受け止めた。


木島安史

応募作品のすべてが、表現としては十分に作者の意図を伝えていると思うが、文章表現に偏ったものと、絵的表現に力を入れたものと分かれている。ついつい文章を読んでしまうが、ハタと絵を見て目が覚めてしまう。
私の印象に残ったものは単一のメンブレイン構造ではなく、複数のもの、他との関わり合ったもので、必ずしも膜構造として完結したものではなかった。膜の特色である形の自由性や、両面性が表現されたものに注目した。
基本的には現在のビルに垂れ下がる広告や、ビルの内側に装置されたブラインドなどが、都市景観として現れてきているように見える。絵を見てオヤと思ったのは、ビル自体が巨大化した現在アトリウムの中に仕掛けられた膜構造が新鮮に見えたことである。膜の構造はそれぞれによく研究されていて、出そろった感じであるが、私としては本来のフラフラした膜の特色がもっと表現されていてもよいのではないかと思う。その意味で空中に浮遊する感じのものが素直であった。
意外なのは地中に膜を巡らすものだったが、素直に道や建物にゆらいだカーテンを張り巡らす風景が印象に残ったと思う。
アーバンというと大きいスケールを想像しがちだが、メンブレインとしてはむしろ小さなものを集合させたところに都市性を感じた。
最優秀案は実現性はともかく、混乱した都市に一種の共通項を挿入しようとしたものだろう。模型も美しく提案として賛同される。特別賞の吉田真案は膜がエコロジカルな装置として、しかも都市のファニチャーやモニュメントとして造形されているのがおもしろかった。表現はまずいが、ビルにキノコが生えたようなのは可愛らしい乳首のようで気に入った。
CGを使った表現が3つほど入っているが、他の表現手段に比べて細かな表現が苦手で、そこを突破するコンセプトを生み出さねばと思う。

斎藤公男

「膜」のもっとも大きな特徴は、それ自体が構造体である同時に仕上げ材を兼ねており、それを用いた空間や造形を考えるときは、常に構造とデザインの関係が意識される。柔軟性・連続性などの材料特性から発想される多様なイメージが展開されると同時に、軽量性と低剛性がもたらす技術的困難さは、メンブレイン建築の大きな制約がともなっている。恒久か仮設か、規模の大小などがこの構造の可能性を左右することにもなる。
こうした現実の状況を踏まえて、コンペに何を期待するかは議論の分かれるところであり、参加する学生諸君にとっても悩む点があろうかと思う。今回はじめて審査に参加してみてその感を深くした。全体的にみてふたつの立場がありそうである。ひとつは膜を抽象的かつ理想的な素材とみたて、新しい機能や形態を自由にイメージすること、現実の建築設計の中で求め得ない夢や刺激の創出が主題であるから、技術的なことはあまり問題としない。いまひとつは、膜を実際の建築材料のひとつとして理解して、その今日的可能性や具体的応用を試みてみること。そこには、システム・工法・ディテールの提案があってもいいだろう。
応募案のほとんどは(予想した通り)前者に属するものであった。最優秀案をはじめ興味深い発想や大胆な発想は、それなりに楽しく見ることができた。しかし、、やはり構造的にナンセンスなもの、膜でなければならない理由を見い出せないものが多く、考えさせられた。一方、後者に属する少数の応募案は、際立った独創性に欠けるものの、実際につくれば技術的にも面白そうなシステムの提案もみられた。このコンペの独自性の幅を拡げる意味でも、こういった視点からの応募が増加することに期待したい。

左高啓三

近年、女性の求める男性像の中で、圧倒的に重要な位置占めるのは、“やさしさ”である。しかし、これは本来的に“人間”に広く求められる意義であることはいうまでもない「多くのやさしい人びとが−−幸い住むと人のいう」都市環境や、やさしい建築の環境づくりに考え直しみる時代は来ていると感じる。
近代建築や現代都市をみるとき、それらは実に直線が支配であり、鋭角的で冷たく、堅くて重い環境構成が主体を成していることに気がつく。
そんな中で、明るさや明快さを都市に表現したガラスに続く21世紀の素材として、メンブレインは暖かさや和やかさ、そして軽やかさを都市環境に吹き込んでくれる期待がかけられているのである。
以上の観点から、今回は膜コンペに新局面を開いた“テーマ設定”であったと私は認識している。目指すべき直線と曲線の融合した街づくり、環境づくりは“時代のテーマ”であり、そのために未来の人びとエネルギーが必要とされるときと考えられる。事実、提出された多くの作品のから、“光と膜、水と膜、風と膜、緑と膜”といった捉え方や、単体建築物のインテリア、エクステリア、そして建築と建築をつなぐ媒体として、また、都市全体を覆う皮膜の中での環境体験を促すものなど、膜材を身近な表現として、オーロラや河、丘など、自然との関わりを根本に意識した作品が多かった点に注目したい。
中でも、ゆらぎ文化の新たな河の流れとも感じとれる。最優秀の河本チーム案や、優秀賞の、都市のコンクリートジャングルを連続しながらカバーして出現した第2の空中庭園−−田中案に顕著な表現を感じることができた。
時代は、過去のすべての否定に立脚したモダニズムの精神から、自然の修復、人びとの意識の再生と復興を基本とするルネイズムの精神へと確実に移行しはじめている。最後に、都市の浄化やヒートアイランド現象などを意識し、都市熱再利用へのパイオニア的観点からの提案も見られ、未来の都市環境形成の意識の萌芽を垣間見ることができて楽しかったことも付け加えておく。

鈴木エドワード

昨年に引き続き、今回も提案レベルが非常に低かった。感動する作品はこれといってなかった。中味が薄く、切り抜きイメージ・コラージュのみでしかもプレゼンテーションがひどいのには驚き、がっかりした。そんな作品の中から選んだ作品なので、残念ながら比較的いいものにすぎなかった。去年の論評で述べた通り、メンブレイン独特のよさが生かされた作品、もしくはアイディアがほとんどなかった。むしろメンブレインでなかったほうがいいものが多数あった。これは、メンブレインという素材を理解していないか、または二次的な建築材という意味でバカにしているのではないかと心配だ。短時間で時間もエネルギーもかけずに宝くじに賭けるような提案、そしてプレゼンテーションが印象的だった。全般的に評価すると“甘い”というしかない。もしこのコンペの結果が現在の若者の程度または意識を表わしているとしたら、非常に寂しい。入選した方たちはあくまでもこのような状況を認識した上で、ぼくのおめでとうの言葉を受けてほしい。

團 紀彦

コンペの審査を終えて感じたことは、今回の結果は例年の応募案に比べて低調な案が目だったことである。そのひとつの理由は、メンブレインとアーバンビルとの共生といったテーマが新しいテーマであって、これまでのメンブレインのありかたから考えるとやや難しいテーマであったからではないかと考える。もひとつの低調であると感じた理由は、かならずしもプレゼンテーションのつたなさからくるものではなかった。ポリシーのなさと暗さとでもいおうか。応募者が弱々しい声で「こんなのやってみました」とでもいいそうな案が数多くあったからである。もちろんこのことは、全応募者にあてはまるわけではないが、「やってみました」程度のことであればやってないほうがいいのであって、私はこの種の弱々しさに対してデザイン以前の問題として感心できないだけである。
最優秀案の河本案は都市におけるストレートな造形による提案性が評価されたが、この壁状のデザインが、なぜメンブレインでなければならないのかという点とこのデザインが都市空間の中でどのような存在意義を獲得しうるかという点に関しての説得力に欠けていたようなに思った。優秀案の田中案は新鮮の理念とその造形性に興味を集めたが、構造的に現実性に乏しく、空間的にみても、このデザインの下部の空間に対する提案がみられない点などから十分な提案とは受け取れなかった。私は学生だから現実を無視したのびのびとした提案を期待するという考え方はあまり好きではなく、もしそうなのであれば、現実を吹き飛ばすぐらいの徹底したものを提案してほしい。
いずれにしても、この分野における現実的でかつ新鮮な提案を今後とも期待したいと思う。

長谷川逸子

都市はますます複雑さを増し、カオティックになっていく。個々の建築はポストモダニズムといった キャッチフレーズのもとに奇抜なものがつくられていくのに、街全体はもはや近代計画論では進められないほどの状況である。しかし、その様相は一方で多様化の時代にマッチし、ある活気を呈している。こうした都市をさらに安全で快適な方向に進めるには、新しい都市デザインの導入が必要だと考える。それはかつてのように古い都市を整理排除していく方法ではなく、既存の空間に新しい空間を大胆にきめ細かく重層していくことになろう。
この太陽工業のアーバンビルとメンブレインというテーマのコンペティションでは、時代が要請するこのような都市環境づくりへ向けた。多くの若者による提案が期待されて行われた。最優秀作品に選ばれた河本憲一案は都市に光のベルトを導入しカオスを崩壊させるのではなく、新しいシステムの上で輝かせ蘇らせようとするものと読み取った。光のベルトはさらに延び、都市やカオスの先にある秩序を立ち上がらせようとするものである。もしそうなら、光のベルトが円弧をもって1カ所を抱え込んで閉じてしまうのではなく、延びていなければならないだろうと私はそのドローイングに不満をもった。優秀賞に選ばれた田中健案は向井千裕案と一票差で選ばれた。浮上する野原としてのメンブレインという視点はとてもいいが、そのドローイングはファンタジーを欠くもので、浮上感がなく残念であった。特別賞や入選に残った案の中には、優秀賞と競うほどのものがいくつかあった。特に新海俊一案の都市に浮遊するオアシスの提案は新鮮なものであったが、内にはオアシスが描かれていないドローイングでその不十分さ残念に思った。

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