MAKMAX 太陽工業株式会社

PERSON
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武智 浩二
TAKECHI KOUJI
  • 建築事業統括本部 西日本設計部
  • 2011年 入社

人も仕事も面白いからこそ

気が付けば、何かに“没頭”していた

小学生の頃のことを思い出すと、授業でよく手を挙げていた子どもだったと思います。手を挙げすぎて、先生が当ててくれなくなってしまいました。宿題も基本的には忘れないですし、夏休みの宿題も早くに終わらせる。また、特定の仲間内だけで遊ぶことが多かったですね。先生には「色々な子と遊んだほうがいいよ」みたいなことを言われていました。中学と高校では陸上ばかり。大学では山岳部に所属して山登り。こう振り返ってみると、子どもの頃から、“集中”というか“没頭”するタイプやったと思います。

楽しいかどうかが基準

パズルとかプラモデルとか、ものづくりが好きだったんで、建築学科を目指していました。絵を描く授業とか、彫刻刀でものを彫るとか、自由工作とか好きだったんです。安易ですよね。でも、実は1年間浪人してるんですよ。高校の時の陸上部の仲間と一緒に、バカをやるのが楽しくって。完全にそのせいです。それで、苦労して大学に入ったはいいものの、今度はそこで出会った友だちと遊んだり、呑んだり、バイトしたり、夜中に研究をしたり。大学生の時期にしかできないことを満喫していたと言えば聞こえはいいですけどね。

楽しんでもらうことが嬉しい

その大学時代では、山岳部に所属していました。その中でも「体育会」っていう、体育会系の人らが集まって、大学の色々な催しを運営するという会に参加していましたが、それが一番楽しかったですね。入学式や学校行事、大学祭などのイベントの準備をする。裏方として誰かを楽しませる、仲間と何かをつくる。そんな点が自分に向いていたんだと思います。ただ、あまりにも勉強を疎かにしてしまったんで、大学院に行こうと。そして、就職活動という流れになるのですが、建築ではなくて、アウトドアメーカーに行こうと考えました。

右往左往、そして、ものづくりへ

アウトドアメーカーを志したのは、完全に大学時代の趣味からです。山に登っていましたし。で、言われるんですね「院までいって勉強してきたのに、なぜ当社なんですか」って。そんな時に、太陽工業の人事の人が学校に来たんです。その時は、社名も知りませんでしたが、「テント屋」という響きに「建築感」と「アウトドア感」の両方を感じました。そして、「施工管理」として入社。設計も希望していたのですが、やっぱり「ものをつくっている」という感覚を肌で味わいたくて(笑)。当社はメーカーとして、ものを納めるだけじゃなく、現場でパンパンにテントを張るところまでやります。そこに、ものづくりを強く感じたんだと思います。

突然のジョブチェンジ

施工管理として働いて、4年くらい経った頃でしょうか。ようやく自分の中で、半人前を越えたかなと思えるようになり、一人前を目指して挑戦していた「1級施工管理技士」の資格試験がもうすぐって時に、上司に呼ばれたんです。そして、「設計に行ってくれへんか」と。これからって時でしたから、モチベーションが下がらなかったと言えば嘘になります。けど、考え直したんです。「現場を知っている設計って強みになるやん」と。施工管理と設計、どちらもできる人材になろうと。現場を知っていれば、どうやって組み立てるのか、どうやって運ぶのか、膜の重さや硬さというのを考えながら、設計図が書けるんです。

唯一無二の設計者として

そう考え直してから、持ち前の“没頭”です。設計は数人で回している部署でしたから、個人のスピードを上げるという課題もありました。けど、その環境が自分を成長させてくれたと思っています。そして、次の目標は「一級建築士」の資格取得。実は、一級建築士試験に合格すると、一級施工管理技士の学科試験が免除されるんです。でも、一級施工管理技士を学科試験から受験し合格しました。その理由は、本当に現場を知っていると周りに思われるため。そこまでやり切ってこそ、唯一無二の人材になれると思っています。太陽工業は、やりたいと思ったことをやらせてもらえる文化があります。ただし、そこには明確なビジョンが必要です。メーカーですが、同じものを売っているだけでは面白くありません。人材としても同じかなと思います。「面白そうやな」を目指して、これからも成長していきたいですね。