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「Estadio Metropolitano」の改修工事を手がけた太陽工業ヨーロッパ。国王が観戦するなか、約束の日にキックオフ。

Estadio Metropolitano

スペイン・マドリードにあるサッカー専用スタジアム「Estadio Metropolitano(エスタディオ・メトロポリターノ)」は、プロサッカーチームのアトレティコ・マドリードの本拠地である。
スタジアム自体の完成は1993年。それから24年後の2017年9月16日、太陽工業ヨーロッパ(以下、TEG)が手がけた大改修工事を終えたスタジアムでは、リニューアル開場式が行われていた。
その直後、スペイン国王が観戦するなかホームチームの試合がキックオフ。
熱心なファンが集まった試合に家族とともにいたのが、このスタジアムの膜屋根施工全体のプロジェクトの指揮をとったAndrejus Cernysevas(アンドレウス・チェルニセバス)だ。

Andrejus Cernysevas(アンドレウス・チェルニセバス)

エスタディオ・メトロポリターノは、
これまで多くのスタジアムを手がけてきた太陽工業グループの中でも特に大規模なプロジェクト。

数百人のスタッフがひとつとなり、綿密な設計とデリケートな作業を遂行した。
ケーブルネットを含めた施工、通常の4~5倍も必要となる材料、

さらに、特徴的な屋根のデザインによる引き上げの難しさ。
それらをすべてクリアし、安全に、期日通りに納品するためには、
特に綿密な設計とデリケートな作業計画を必須とした。

チェルニセバス:
今回のプロジェクトの特徴は多々あります。全体の2割が改修工事、8割が新築のコンビネーション案件であること。そして通常は施工範囲外であるケーブルネットまでも受注したことです。このケーブルネットの受注により、規模や複雑さが太陽工業グループのプロジェクトのなかでもトップレベルになったのだと思います。

それに伴い、契約金額も非常に大きくなりました。エスタディオ・メトロポリターノは面積だけでなく上下二層式の膜であったためサプライチェーンで対応する材料は通常の4~5物件に値する量でした。PTFE(ガラス樹脂にフッ素コーティングしたもの)膜約83,000㎡、ケーブルネット約600t、鉄骨約250tを使用しました。約20の協力業者と120人の技術者が現場で施工に携わりました。

私はプロジェクト全体のリードプロジェクトマネージャーとして、案件の引き渡しまでの全体を管理する仕事を担いました。ケーブルネット、関連の鉄骨と膜の施工などです。
この案件の進行上の課題は、プロジェクトチームをつくり上げ、作業者のモチベーションを上げること、インスピレーションを与えること、サプライチェーンを構築し管理すること、プロジェクトスケジュールの管理、予算の管理でした。

2010年ごろから浮上していた案件。TEGを挙げての受注活動を行なった。

ヨーロッパの建築業界に聞こえてきた、
「スタジアムの改修工事が行われるようだ」という話。
それは、エスタディオ・メトロポリターノの改修が終わる7年程度前の2010年ごろだった。
この大型案件の噂を耳にした、各国の建設業者が動き出した。

チェルニセバス:
私は2014年にオーストラリアのTaiyo Membrane Corporation (以下、TMC)からドイツのTEGに転籍しましたから、それ以前の話になります。2010年ごろ業界に、スタジアムの改修工事が行わるようだ、という話が浮上してきたのです。2008年に、エスタディオ・メトロポリターノは2013年からアトレティコ・マドリードの本拠地となることが決まっていましたから、それに関連する工事だと思われました。TEGは受注をするために動き始めました。しかし、数年経っても入札活動は難航。この案件にはほかにスペイン、ドイツ、イタリアなどの同業者も並行して活動していましたし、そのライバルたちの動向観察や出資者探しなど、営業担当も苦労をしていたと聞いています。

私がこの案件を2012年ごろの大阪での技術会議で初めて聞き、その規模、複雑さ、難易度からとても興味を持ちました。「この案件を成功させたらキャリアのステップアップができる」と確信し、TEGに移籍したいと強くアピールしました。2015年6月家族とヴェネツィア旅行中、電話で朗報を受けました。TEGがこの案件を受注し、私がリードプロジェクトマネージャーとなったのです!とてもいい知らせを聞き、家族でお祝いしました。

家族とともにマドリードへ転居。2年に渡る長く、大規模な工事が始まった。

スタジアムの改修は、ヨーロッパの建築業界の多くの企業が手を挙げた。
受注に至ったTEGは、このためにオーストラリアのTMCから転籍してきたアンドレウス・チェルニセバスを、
リードプロジェクトマネージャーに任命した。

チェルニセバス:
私がこのプロジェクトを担当すると決まったときから、現場に常駐するのは明らかでした。現場施工開始に合わせてマドリードへ妻と生後2カ月の息子とともに転居しました。私はそれまで、インドに1年駐在していたことがあります。そのときの経験から、難易度の高い案件や契約金額の大きな案件では、プロジェクトマネージャーは現場に常駐する必要があると知っていました。。

2年にも及ぶ施工には、たくさんの困難が待ち受けていることはわかっていました。
プロジェクトの規模が圧倒的であることから、まず施工準備を入念に行いました。
スタートをまちがえると、ゴールが遠いほどそのズレが大きくなるように、プロジェクトの早い段階においての設計上の判断は、のちの施工に大きな影響を及ぼします。今回の案件は特に施工面を重視しました。エンジニアと協力し、各工程におけるロードマップをきめ細かく作成し、変更が必要な場合は、その都度分析し、議論、評価し、次のステップに進む前に合意を取るように細心の注意を払いました。

一度前に進んでしまうと、もう後には戻れない。
通常は担当しない作業も加わった状況のなか、
繊細かつ美しく描かれた設計を、完璧なまでに実現する施工の方法とは。

チェルニセバス:
そして施工についてですが、このプロジェクトのような屋根膜をつくる場合は、ケーブルをあらかじめ地面で組み立てる「地組み」作業をして、すべてが組み上がった状態で一気にリフトで引き上げます。すべての工程は、このリフト作業の成功のためにあるといっても過言ではありません。数週間かけて引き上げるのですが、1度引き上げ作業に入ると戻ることができません。もし戻る必要があるのなら、それは1〜2年単位で作業が遅れることを指すので、引き上げの日を正確に迎えることが最も大事なことなのです。

地組み作業を複雑にさせたのが、通常は担当しないケーブルネットを組む作業をTEGが受注していたことです。スタジアムの構造デザインとして、自転車の車輪のような外周の鉄骨トラス製コンプレッションリングと内周のケーブル製テンションコンリングがそれぞれ1本、両リングをつなぐのが対角線上に伸びる96本のケーブルです。しかもこのリングが真円でなく楕円、さらに捻りも加わっています。96本のケーブルの長さや角度が緻密に計算されていないと、設計通りの形にならずいびつな形になります。

材料を発注するのはリフトをする1年以上前です。例えばケーブルは事前に指示された長さに切られ、パーツをつけるなど加工された状態で現場に届くので、届いたのちに変更はできません。すべての部材は品質が完璧でなければならないし、引き上げる前のケーブルはポジションが完璧でないといけません。そして引き上げるときは、張力と応力のバランスが均一でないと成功しません。このように施工の複雑さが多々ありました。

施工を成功させるためには、スタッフへの配慮も大切な仕事。

数百人という多くの人が携わり、その全員が同じ方向へ動く必要があるのが、
スタジアムなどのビッグプロジェクトだ。
地上で綿密に計画された「地組み」を行い、少しずつ持ち上げるリフトの日に向かう。
プロジェクトマネージャーの重要な仕事は、
スタッフ全員の安全を確保し、ベストを尽くせる環境を整えること。

チェルニセバス:
スタジアムなどのビッグプロジェクトには、本当に多くの人が携わり、リフトの日に向けて全員が一つにならないとなりません。プロジェクトマネージャーである私の重要な仕事は、スタッフ一人ひとりが安全に働きやすく、ベストを尽くせる環境を整えることでした。
例えば、設計者が現場をチェックして回ると、どうしても改善点を指摘されます。そして直しても、直しても追加の改善点が出てきます。スタッフは疲れ、週末も働き詰めになり、「本当に期日の日にリフトできるのか」と私も含め技術者たちは不安になります。

私の目の前には100人以上の技術者と膨大な量の機材がありました。そしてクライアントからはさまざまなことを要求されます。「できないかもしれない」と気持ちが少し弱くなった私は、父と話したこともあります。その時父は、「今の自分ができるすべてのことを完璧にやったと、胸を張っていえるのなら大丈夫だ」と優しく助言してくれました。
父の助言もあり、私は現場に戻り思いました。「自分はベストを尽くしていると自分にいえる。責任者として自信を持ち、つねにスタッフの前に立って力強い存在感を示すことでスタッフに安心感を与えよう」。問題が起こっても「改善できるから大丈夫」と笑顔で答えることで、この現場のモチベーションを上げていこうと改めて強く決意したのです。

ケーブルのリフトが無事に成功。
自分の安心感と達成感、それ以上にこみ上げたのは、人への感謝。

ついに、ケーブルを引き上げる日、当日。
2年間準備してきたことの集大成だ。
その現場でリードプロジェクトマネージャーとして指揮をとるチェルニセバスがその様子を見守る。

チェルニセバス:
少しずつ引き上がっていくケーブル、その日の1~2週間前からデリケートな気持ちになっていました。
徐々に上がっていくリフト。「無事故でありますように、そして、これまでのスタッフ全員の努力が報われますように」と祈り続けていました。

そして大きなトラブルも事故もなく引き上がりました。リフトが終わり、ケーブルがピンと張ってしまえば膜を張るのは太陽工業の専門分野なので、この時点でとてもほっとしたのを覚えています。大阪でこの案件を知ったことから始まり、ヴェネツィアでの歓喜、マドリードへの転居、設計・施行中の数々の難題や課題、仲間たちと励まし合い喜び合った日々。5年以上にもおよぶ長い仕事ぶりを思い出していました。

プロジェクト完工後はさまざまな感情が押し寄せました。大変な作業を納めたことで、安心感と達成感がありました。同時に、疲労感もありました。プロジェクト完工にエネルギーを使い果たしました。
周囲からの協力を得られたことで感謝の気持ちもあり、このプロジェクトの成功は私と一緒に仕事をしてくれた多くの人たちと成し遂げたことです。太陽工業の支援、上海太陽の製造、構造設計のMaffeis Engineering社、TEGの同僚、現場にいたスペインのチーム、協力してくださったすべての人たちに感謝を述べたいです。当時のチームメンバーとは今でも定期的に連絡を取り、当時の経験や期間について話をします。プロジェクトを思い出すと温かく懐かしい気持ちになります。

この経験は私を確実に成長させてくれたと思います。プロジェクトに参加したいと思った2012年当初は、自分のステップアップという自己中心的な目的でした。しかし、終えて思うことは、さまざまな人と働き、学び、苦楽をともにし、いっしょに議論したり笑ったりしたことが自分の満足感より先に思い出され、他者への感謝の気持ちが強く湧き上がりました。私にとってとても貴重な経験、そして人生という旅の大切な一部となりました。
次のプロジェクトに、この経験を活かしてより絆の強いチームをつくりたいと思います。

完成後、TEGの象徴的なプロジェクトとしてこのスタジアムのポスターが社内に貼られています。営業活動に有効なツールのひとつとなっているので、担当した私もとても誇らしいです。

ヨーロッパやアジアで積んだ経験により、自分の成長を感じる。
これからも太陽工業グループに貢献したい。

オーストラリアから、ドイツの太陽工業グループへ転籍してきたチェルニセバス。
プロジェクト終了後は故郷のリトアニアへ。
改めて実感する太陽工業グループの人、技術の強みとは。

チェルニセバス:
太陽工業グループで仕事することには多くのメリットがあります。
まず、最先端のイノベーションに注力できる技術力です。つねに研究を重ね、世界中のグループ会社がより品質の高い製品を追求しています。その品質をつくっているスタッフは、人種としても個性としても多様性があり、さまざまな知識や能力、経験を持つ人材が学び合い、協力し合う環境をつくっています。太陽工業グループで働く人たちの最高品質への献身は私をつねに学ばせてくれます。

太陽工業グループが競争力を持てるのは、「人」と「(仕事の)価値」だと思います。
経営層が描くビジョンがどのように会社の価値となるのかを社員たちに示し、社員が着実に形にしていく「人」の力。形となった「価値」を体感した人たちが太陽工業グループに集まってきて、人と会社の成長のスパイラルとなっていく。私たちのメンバーは、いつも正直で、仕事に決して手を抜かず、顧客が満足するまでやりきる力があると感じます。これまでの100年、このような姿勢と努力で培ってきた実績が「信頼」となり、日本、そして世界にも知られるようになったのだと思います。

仕事は人生の大部分を占めます。家族よりも時間を過ごすことになるでしょう。そんな大切な時間だから、ともに働く人たちを友人やもうひとつの家族と思えたり、日々が楽しく、そして学べる環境が大事だと思います。
太陽工業グループとそのメンバーは、私にとってのそんな存在です。

私は2004年に学業とキャリアのために母国のリトアニアを離れてイギリスに渡りました。オーストラリア、インド、ドイツ、スペインと様々な地を転居し、2020年家族とリトアニアに戻りました。
各地での経験は、私を成長させてくれたと思います。イノベーション、創造、献身、学び、探索がさらに深まったと思います。これからも冒険心を持ち、さらに困難な課題を手がけ、次世代の太陽工業のメンバーにインスピレーションを与え、仕事に影響を与えたいです。自分のベストを尽くすことで、太陽工業の業績やファミリーに貢献したいと思っています。

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